「ひろ子」だったころ

しずかです。

娘が産まれてもうすぐ一年になります。日々子育てを通じて感じることをブログに記しておきたいと思っているのですが、なかなかゆっくり時間がとれず、後回しになっています。

今日のこの投稿は娘が産まれる前の、妊娠8ヶ月のころに書いたものです。書いてからブログに載せるのはやめようとボツにしたのですが、色々考えてやっぱり載せることにしました。私の子ども時代の話です。

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しずかです。

これから赤ちゃんが生まれるにあたって、どんな子育てをしていこうか考えるのは楽しいです。それと同時に、自分の子ども時代を思い出すことが多くなりました。

 「ひろ子」だったころ

私は子供の頃、家族から本名とは別の「ひろ子」という名前で呼ばれていました。小学生の間はずっとです。常にそう呼ばれるわけではなく、家族が(主に母が)私をからかいたいとき、私に意地悪したいときは、必ず「ひろ子」でした。名前の由来は「橋の下でひろってきた子」です。「あんたはよその子だから本当のお母さんのところに帰れ!」といつも言われていました。後になって知りましたが、昔そういう冗談が流行ったそうで、昭和の家庭では誰でも一度は経験したものだとタレントの人が言っていました。でもうちの家族では私だけが対象でした。母は他のきょうだいにも私をひろ子と呼ぶよう命じ、妹が私を本名で呼ぶと「違う!ひろ子やろ!」とすかさず訂正していました。

母は私が泣くと笑っていました。小学校高学年になって泣き顔を見られるのが恥ずかしくて、無言でその場を去るようになりました。背中越しに「可愛げのない子!早く出ていけ!」と怒鳴られました。当時の私は、本当の親がいるならはやくここから助け出してほしい、でも私は可愛げがないから本当の親も私のことを愛してくれないかもしれない、と思っていました。

母が私にきつく当たるのは、きっと私が言うことを聞かないから、自己主張するタイプだから、私を押さえつけたかったからだと考えました。でも近年、自分がAC(アダルトチルドレン)の疑いがあると気づき、いろいろと調べるうちにどうもそうではないことが分かりました。その話は別の機会にさせてください。

続きます

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