母の嫉妬

しずかです。

毒親の母親の特徴のひとつとして、自分の娘が少女から大人の女性へ変化していくことが受け入れられない、ということがあるそうです。その根本にあるのは嫉妬らしく、同性ならではの感情だそうです。あの母がまさか私なんかに嫉妬していたわけないとはじめは思いましたが、改めて過去を振り返るとその片鱗はあったかもしれません。

母が私に買い与えなかった物の共通点

母が私に何も買ってくれなかったのは家が貧乏だったからではありません。小学生のころから週にいくつも習い事をしていましたし、中学生のころは地元で一番の進学塾に通っていて、教育費にはかなりお金をかけていました。一方で、母の時代には無かったものや女性的なものは一切買ってくれませんでした。

「恥ずかしがるな」

今では考えられませんが、小学生のころプールの着替えをするとき教室の自分の席で着替えなければなりませんでした。すぐ隣に男子がいるので、女子は両手が自由になるスナップボタン付きのラップタオルを使って、首から下を隠しながら着替えていました。私もそれが欲しかったのですが、母は「恥ずかしがるな。あんたなんか誰も見てない」とバスタオルと洗濯ばさみしか与えませんでした。片手で押さえながら着替えなどできるわけもなく、仲の良い女子たちがラップタオルを貸してくれたり、数枚のタオルでバリケードを作ってくれたりして、中学3年生までなんとか乗り切りました。

「私たちの時代は生理ナプキンなんてなかった」

生理がはじまってナプキンが必要になったときは、脱脂綿のようなものを使うように言われました。10センチほどのコットンの前方に2センチの両面テープが一か所ついているだけのものです。当時すでに世の中には優れたナプキンがたくさんありましたが、100均で売っているその脱脂綿以外は買わないと宣言されました。姉は私より前から同じものを使って我慢していたので何も言えませんでした。その脱脂綿は厚さが1センチもあるのにすぐに血が漏れるので、2枚使ってショーツに十字型に貼ったりして凌いでいましたが、私はテニス部の練習でミニスカートをはかないといけなかったので気が気でなりませんでした。たまに失敗して下着を汚してしまうと「汚い!誰が洗うと思ってるんだ!」と怒鳴られました。洗うと言っても母が手洗いしてくれるわけではなく、強力な漂白剤をかけて放置するだけだったので、ショーツは色が落ちてまだらになり、布地が傷んでほつれていました。もちろん買い換えてくれるわけもなく、いつもボロボロのショーツを履いていました。

「色気づいていやらしい」

だんだん胸が膨らんできてブラジャーが必要になっても、母からブラジャーが欲しいか聞かれることはありませんでした。姉は自分でブラジャーを買って着けていたのですが、いやらしいと母に陰で言われていたので、買って欲しいと言い出すことができませんでした。胸が目立たないようタンクトップを二枚重ねにして学校に行き、家では服を胸に巻き付けて成長が止まるようにしていました。それでも高校生になると、体育の時間に揺れると痛かったりして生活に支障が出てきました。当時政府が地域振興券を発行していて、私はそのうちの三千円分を臨時のおこづかいとしてもらえたので、こっそり近所の大型スーパーにブラジャーを買いにいきました。その1枚をお風呂に入った時に手洗いしながら、高校卒業まで大切に使いました。ショーツも母に任せるとボロボロになるので自分で洗うようになりました。毎日の洗濯物に娘の下着がないことをどう思っていたのか、今でも話題に上がることはありません。

「今の子は恵まれてる」

戦後のベビーブーム世代の母は、物のない時代に育ちました。便利なものを見かけるたびに「私のころはなかったのに」「今の子は恵まれてるわ」と恨み節を言っていました。また、おしゃれをしたり女の子らしい服装をしている子を見つけては「早熟だ、気持ち悪い」と過剰なまでに批判していました。母の感情から逃れるために、私は小学生のころからいつもズボンを履き(そもそもスカートを持ってない)、文房具もユニセックスなデザインを好み、好きな色は白・黒・グレーと答えていました。
母は、私が便利なものを使って私が楽をしたり、苦労なく育つことが気に入らなかったかもしれないし、あるいは子どもをいつまでも自分の管理下におきたいがために、私が大人の女性へと成長していくことを受け入れたくなかったのかもしれません。またあるいは、当時更年期の真っ最中だった母には若い娘への個人的な嫉妬もあったのかもしれません。

今、私が願うこと

前置きが長くなりましたが、このような子ども時代を過ごした私が願うことは、娘が自由に自分の気持ちを発することができる親子関係を築きたいということです。何を言ってもいいし、何をしてもいい。親の顔色を伺わず、自分がやりたいことや欲しいものに正直に生きてほしいです。のびのびと朗らかな子に育ってくれたら本望です。娘が産まれたらとことん娘の好みや希望に付き合ってあげようと思います。

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