親を許すことができた気がする

しずかです。

毒親に育てられて、典型的なAC(アダルトチルドレン)の私ですが、最近、親を許すことができた気がします。なんだか肩の力がふっと抜けました。そもそも親を許す努力をしたくないし、きっと無理だし、一生許さなくていいや、と思っていました。でも出産・子育てを通じて親と交流する機会も増え、私のものごとへの視点が変わったり視座が高くなったりしたようです。親自身も変わったのかもしれません。なんだか過去の出来事について「なんか、誰も悪くないなあ」と思えるようになりました。

ここまで来るのにどれくらいの時間がかかったでしょう。人生のほとんどに親の毒が影響していたので、30年を優に超えています。かつてRADWIMPSの野田洋次郎氏は言いました。「たった一人の女性への愛情表現のためにアルバム4枚を費やした。」私は毒親を許すために、平成の1時代を費やしました。なかなか長かったです。

子ども時代を台無しにされて、今なお生きにくさに苦しんでる方へ

距離を置いて、時間をかけて、許せるタイミングがあれば許してもいいし、許さなくてもいい。それくらいのゆるさでちょうどいいと思います。

私が親を許せた背景には、親の生い立ちに興味をもち、調べたことも大きかったと思います。結局、毒は連鎖でした。当時こんな状況だったようです。

①両親ともに毒親/発達障害の親から育てられた
②機能不全の家庭で育った者同士が引き合うようにして結婚した
③父はアルコール中毒者でアスペルガー障害の疑いがあった
④母は父から経済的DVを受けていて、ワンオペ状態だった
⑤母は父の転勤により知人・友人のいない土地で子育てをしていた

これを知って、「そっかあ。仕方なかったね。ママ、大変だったね」と思えたのです。

何のために生きるのか、見つけられた気がする

前にのび太くんと、「いのちって何のためにあるのか分からないよね。なんのために生きてるんだろう」という話をしたことがあります。命を次の世代につなぐためとかいう生き物すべてに当てはまる答えは要らない。それを探すのが人生なんだ、なんて言っているうちにきっと終わりが来てしまう。答えを探して、沈黙しました。簡単に見つかるものではありません。

私の両親は連鎖で毒親になってしまったけれど、私はそれに気づくことができた。だから、娘には毒を連鎖させない。私がドミノ倒しを止める杭になる。それが私が生まれた意味で、生きる理由なんじゃないだろうかと、ふとそんな考えが降りてきました。うん、なんかそれが正解な気がする。探していたものが見つかった気がします。

“何の為に生まれて 何をして生きるのか
答えられないなんて そんなのは嫌だ!”

やなせたかし作詞 アンパンマンのマーチより

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