のび太です。
『半分、青い』第110回の感想です。
居間で寝ていたスズメが目を覚ますと、見知らぬ男性がちゃぶ台でご飯を食べている・・・。え?なに?から今日はスタートです。そしてスズメが開口一番、「泥棒!!」。いやいや、驚くのは分かるけど、座ってご飯食べてる人に泥棒っていう発想はないでしょ。
家族が集まって改めて状況説明。弟の草太がかつ丼を流行らせ大成功している楡野食堂ですが、この若い男性は草太に弟子入りして住み込みで修行しているとのこと。アメリカ生まれの日本人で、この日まで休みをもらってアメリカへ行っていたとか。
って、そんな設定の説明別にどうだっていいんだけど、ここで新キャラ?またとってつけたような設定で中身の薄そうなキャラ持ってきたなという印象。この人物にはストーリー上どんな意味があるのでしょうか。またスズメが好きになる?それはもうお腹いっぱいなんで勘弁してください。スズメが着替えて家族全員集まって朝食。この下宿人まだご飯食べてます。それならみんな集まるまで待ってればよかったのに。ただのバーターか?
そしてこの人が家にいることに驚いてたスズメは、家族から何も聞かされていなかったということ。いくら急に帰ってきたと言っても、東京にいる間電話で話せたでしょ。今日も不自然。
律の母親、和子が重病(拡張型心筋症)とのこと。ブッチャーの説明推測によると律は母のそばにいるために勤務先を大阪から名古屋へ変えてもらって単身赴任。子どもは大阪に戻ったらしい。ただし大阪の仕事も抱えたままで、名古屋支社への勤務は一時的。和子が他界したら大阪に戻るということ。つまりそれだけ和子の病気は重く、治る見込みはないと見える。
和子がスズメの母親、晴にだけ病気のことを打ち明けたと聞いて、なんで晴にだけと思うスズメ。婦人科の先生が「病気の人は特別。病気の人は誰かに甘えていい。好きな人には甘えたいもの」と。これは何かの伏線か?律に「私に甘えてほしい。私には本音をさらしてほしい」とでも言うための下準備かな。
「律はいつも何も言わない」と不満そうなスズメ。「律が自分で言うまで和子のことに触れるな」と忠告するブッチャー。このドラマの中でブッチャーはかなりまともな人だ。こういう普通のまっとうな人物を書くこともできるんだな。スズメから出た言葉は「卑怯やな」。
ん?卑怯?
と思った矢先ブッチャーが、「なんで卑怯って言葉が出る。意味分からんわ」。やっぱりブッチャーはまともだ。ブッチャーの反応に見てる側は安心する。
自分は何も知らなかった。自分だけ知らないまま律やなおちゃん、ブッチャーと一緒に過ごして、自分だけ無邪気に能天気にはしゃいでた。というのが「卑怯」という言葉の真相らしい。まあ言いたいことは分かるけど、羽根より軽い口の持ち主には誰も言いたくないだろう。秋風の病気のこともズケズケと口に出してたし。そして喫茶店中に響くような声で「和子さん死んでまうか」って。さっそく口の軽さ発揮してる。そもそも友達の母に対して「死んでしまう」って言葉使うかな。ブッチャーのことをまともに書けるということは、スズメの変人具合もあえて意図的に書いているということなんだろうけど、これでは嫌われる可能性が高いんじゃないかな。演じてる子がかわいそう。
涙ぐむスズメにティッシュを差し出すブッチャーの演技良かった。深刻にせず、キザにせず、ちょうどよかった。この人は『花子とアン』で武を演じていた矢本悠馬。あの時と似た役回りだけど、いい味出してる。
そしてそこに都合よく律が来て、和子が家で旦那さんにピアノを弾いて聞かせ、昔の話をしたシーンのあと、「和子さんとは普通に接してほしい」とスズメに言う律。ブッチャーが律が言うまで何も言うなと忠告したのに、聞いてないそぶりをせず涙ぐんだ理由を律に話したんだろう。そしてスズメが律を見つめて、今日の一言。「律・・・、律を支えたい」。
うーん。このおせっかいぶりというか思い込みの強さと言うか、まあスズメらしいといえばらしい。律は自分が大変とも支えが必要とも言ってない。もし必要だとして、それは最愛の人、スズメではなくて大阪にいる奥さんに求めること。その領域に踏み込んでいくスズメ。何を描きたいんだこのドラマは。そして冒頭の泥棒さんはどう関係してくる?
再び和子と旦那さんのシーン。思い出の歌を歌い終えたところで今日はお開き。こりゃ和子さん、今週中に召されそうやな。