シシ神はなぜアシタカを助けたのか

しずかです。

「もののけ姫」が扱うテーマは大きなものから小さなものまでありますが、今回強烈に感じたのは「生と死」でした。この映画は何度も観ていますが、これまでこの部分はあまり気にならなかったのに、自分でも驚いています。そもそもこの映画はキャッチコピーが糸井重里さんの「生きろ。」だったわけですが、「生と死」の関係性にまでは考えが及びませんでした。現在私は妊娠中なので、その部分が特に琴線に触れたのだと思います。

「シシ神は命そのもの。生と死、両方をあわせもっている」ということがアシタカの台詞の中で語られますが、これまで言葉の表面上の意味しか受け取っていませんでした。でも今回は自分が妊娠して日々感じている、「生と死は両極端のようで、実はこんなに近い」ということとリンクして、やけに腹に落ちました。

妊娠中は、新しい命が育っていく喜びのそばに、命が消えてしまいやしないかの恐怖がいつもあります。健診で「きちんと育っていない」「心拍が停止している」といつ言われてもおかしくありません。出産時には、母体はものすごく死に近い状況になります。出血多量になるかもしれないし、呼吸困難になるかもしれない。赤ちゃんも同様です。うまく出てこれないかもしれないし、無事に生まれても息ができないかもしれない。感染症になるかもしれない。母も子も命がけです。日々普通に生きていると、こんなに死に近い状況ってなかなかないですよね。

でも、死の近くじゃないと、命は誕生しない。生と死は、一本線の両極端にあるのではなく、メビウスの輪のようにどこまでもつながっている。そのどこを切り取るかで「生」と「死」を呼び分けているだけなのかもしれません。

アシタカ「(シシ神は)私に生きろと言ってくれた」

シシ神にとっては、生も死も同じことです。人間は生き物なのでどうしても生に価値を置いてしまいますが、そもそもどちらがいいとか悪いとかはありません。ただ現在その状態にいるというだけのことです。シシ神は、その者にとってふさわしい状態を与えます。乙事主には死を、アシタカには生を与えました。そこには善悪とか、好き嫌いとか、罪と罰とか、そういう評価軸は一切ありません。神なので。そういうことに囚われているのは生き物だけです。

ちなみに、ディズニー映画「ライオン・キング」の「Circle of Life」という曲で、「命はめぐる」という歌詞に食物連鎖の意味しか見出していなかったのですが、もしかしたら違った意味も含んでいたかもしれません。この機会にもう一度観てみようと思いました。

今回気になったテーマがもうひとつあります。
それは、「女と男」です。これについては次の記事で書きたいと思います。

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