子どもへの気持ちに答えが出ないまま私は30代になりました。世間では、卵子の老化、障害児が産まれる確率の年代別の推移など、色々なデータが飛び交うようになりました。高齢出産の定義も35歳と聞きます。そろそろタイムリミットが迫ってきました。キャリアの方は、数年前に起業をして、いったん自分の中で区切りがついていました。子どもをもつタイミングとして今が最適かもしれないと考えるようになりました。でも、自分は子どもが好きだということは分かったけれど、本当にほしいのか、ということについては、まだ答えが出ていませんでした。タイムリミットが迫っているからほしい、というのは間違っている気がするからです。そんな理由で生まれたことをもし子どもが知ったら、きっと悲しむんじゃないかと思いました。
自分の気持ちを確かめる
私は大学卒業後から、しばらく子どもと触れ合う機会がなかったので、まずは子どものいる環境に身をおいて、本当にほしいのか、ゆっくり考えてみたいと思うようになりました。そこで、地域貢献を兼ねて、子ども向けの小さな英会話塾を作りました。英会話塾は無料だったこともあり、たくさんの子どもが参加してくれました。年齢別にクラスを分けて、毎週数十名が参加する人気のものになりました。アメリカ人の先生のサポート役として、私もクラスに入って、子どもたちの学習の手伝いをしたり、一緒に遊んだりしました。ママさんたちが下の兄弟姉妹を連れてきていたので、学習がまだできない0歳児から10歳くらいまでの幅広い年代の子どもたちと触れ合うことができました。この塾は、毎月赤字を出す完全なボランティア事業ですが、私はとても気に入っていました。子どもたちの好きそうな教材を用意したり、季節の楽しいイベントを企画したり、書店や雑貨店に出かけるたびに、何かいいアイディアがないか探したりしていました。子どもたちの喜ぶ顔を想像すると楽しいものです。前日に自宅で準備をしている時間さえ、うきうきしていました。
母になる準備
塾を立ち上げてから2年が経ちました。子どもたちやママさんたちとの交流の中で、学んだことがたくさんありました。お友だちと喧嘩してしまったり、自分の思い通りにできなくて泣いてしまったり、楽しすぎて叫びながら走りだしてしまったり、いろんな子どもがいました。それに対してママさんたちの対応を見たり、子どもたちの表情を見ていると、こうしてあげたら喜ぶんだな、こうしたら泣いちゃうんだな。今のはこれが嫌だったんだろうな、もっと気持ちを聞いてほしかったんだろうな。叱るときはこうしよう、ほめるときはこうしようという、
「自分の子どもができたら」という様々なシミュレーションが、頭の中で繰り返されていることに気づきました。そして、ぼんやりと感じていたものが、確信に変わっていました。
「私は自分の子どもがほしい」
母になる準備ができた、そう感じました。